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米沢の味ABC 


Apple 舘山りんご


 本市のりんご栽培の起源は、明治9年山形県勧業寮より桜桃苗木と共に配布を受け、屋敷内に植付けたのが発祥とされています。品種は紅魁・紅玉・祝・柳玉等で、その後輸入したものは20種に及んだと言われ、結実を見る様になって全市至る所にりんごの樹を見ない所がない程盛んに栽培されました。
 米沢では当時、品種の選択淘汰が行われ、最も多く作られたのが紅玉・祝・倭錦でした。
 明治25年有志20名が組合を組織し、組合長に今村竹五郎氏をおし、栽培方法の改良開発を計り、地方の重要物産として育てるために大いに努力され、その後中央農産物品評会に度々出品し数多く受賞され、その品質は高く評価されております。
 現在は栽培面積128ha、品種もふじ・つがるなど高級品を中心に約1,880t生産され、主に東京市場に出荷され好評を得ております。

Beef 米沢牛


 「肉は米沢・松坂・神戸に限る」とは食通の弁。
 美味で天下に名を馳せる米沢牛の歴史は、古く明治の初めに遡ります。明治4年に藩校興譲館(現在の米沢興譲館高校)の外国語教師として招かれた英国人チャールス・ヘンリー・ダラス氏が、同8年任期を終えて横浜に帰る際、お土産 として米沢牛一頭を持ち帰りました。これを試食した居留地の外人達は、その美味にいたく感嘆、賛嘆‥‥‥。これが米沢牛の世に知られるきっかけになったのです。
 米沢牛のうまさは、和牛飼育に好適な米沢地方の気候・土壌・牧草・水、それに優れた飼育技術と相まって生まれたものといえましょう。のれんの古さだけでなく、柔らかな肉質、まろやかな風味は神戸・松坂牛に一歩もヒケをとりません。ステーキよし、鍋よし、刺身またよしですが、とくに霜降り肉のスキヤキは絶品です。

Carp 米沢鯉


 米沢鯉の歴史は古く、今から200年前の1802年、第九代米沢藩主・上杉治憲公(鷹山公)がご隠居の頃、「むくみ」や「乳不足」で悩む人達が蛋白質を補うため、わざわざ遠いほかの藩の地から鯉を求め医療に利用していたことを知った鷹山公が、養鯉の先進地である現在の福島県相馬市に伝授をこうため用心を走らせ、そして持ち帰った椎鯉を米沢城の濠で育てたことが始まりとされています。
 当時、魚は貴重なもので今のように手軽に食べることができず、蛋白質と脂肪カルシウムが豊富な鯉を食べれば薬にまさる効き目がありました。
 最上川上流の雪国ならではの清く豊富な水で三年間飼育された米沢鯉は肉が良く締まり、泥臭さのまったく無い良質の鯉となって水揚げされ、現在でも米沢地方でのお盆やお正月、祝い事に様々な工夫をこらした鯉料理は欠かすことのできない料理の一つであり、県内・外、多くの方々から好評を得ております。